皿そば日記

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zoom RSS 美濃紀行(日吉神社、岐阜県神戸町)

<<   作成日時 : 2010/09/23 11:27   >>

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 九月も中旬に差しかかるというのに、まだ猛暑日が続く。車は、渋滞の中央道八王子・相模湖間を抜け気持ちよく走るが、外気はやたらに暑い。少し開けた窓から手に、ストーブのそばにいるかのような熱気を感じる。今回の目的は岐阜の仏塔巡りだ。一路横蔵寺を目指すが、出発が遅れたのと渋滞のために、到着は拝観時間に間に合いそうもない。勝手気ままの旅ゆえ、目的地を日吉神社三重塔に変更する。
 日吉神社三重塔は、室町時代後期の永正年間(1504〜1520)に斉藤利綱によって建立されたという。国の重要文化財で、ほぼ和様で屋根は檜皮葺、軒の反りがやや強めで美しい。屋根に比して塔は全体として細めだ。また、各層に窓がなく板張りなのが珍しい。よく見ると、三層には高欄がないのが不思議だが、違和感はない。以上は事前に写真等で見ていた時の塔の話だ。

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 実は、日吉神社に近づくにつれてあることが気になりだした。着いたのは後少しもすれば日が沈むという時刻だった。境内には曇天特有の拡散してしまった光が残っているだけだった。やはりそうだ。先日(8月25日)の雷によって、塔の一部が焼けてしまったというニュースを忘れていた。塔本体は無事であり、しっかりと立っている。しかし、最上層の屋根の一部が焼けたために、相輪の根本から下方にかけてトタンのようなもので当座の手当てがされている。さらに、塔の周りには近づかないようにと、黄色の立ち入り禁止のロープが巡らされていた。
 地元の人が一人さりげなく拝殿に向かって拝んで去っていた。しかし、それ以外に人は見かけなかった。寂しい境内で、塔の周りを幾度か歩きながら注意深く見ていると、最下層の縁の上に垂木だろうか、塔の一部と思われる木片が転がっていた。さらに、木鼻や軒垂木も相当痛んでいるようだ。今まで多くの仏塔を訪れたが、このように痛々しいなと思ったのは、群馬の榛名神社以来のことだ。火災による損傷の修理はもちろんだが、一度大がかりに修繕してほしいなと願う。

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 火災は不幸なことだったが、明るいニュースもある。火災を発見したのは地元の人だし、消火後も町の多くの人が塔が健在であることを確認して行ったという。普段は一人で立っているように見えるが、実は多くの人に支えられているということがよくわかる話だ。塔は目に見えて直接何かの役に立つものではない。しかし、目に見えないところで人々の支えになっている。だからこそ、いざという時に多くのひとの心配を呼び、行動を促すのだろう。
 安八郡神戸町には、夜叉が池伝説がある。大変な日照りが続き困った村人を見かね、郡司安八太夫が出会った蛇に雨を降らせてほしいと願ったという話である。願いは叶い、代わりに安八太夫の娘を山伏と化した蛇に嫁がせたという。日照りの続いた今年の夏、人々を救う雨ではあるが、叶うならば雷は伴わないでほしい。過ぎたるは塔の嘆きともなるかと思った。

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おはよう御座います。随分前にご訪問頂きながら、チェック出来ずに下りました。古寺訪問、結構なご趣味です。外国の寺院も中々のものがあります。小生のブログへもどうぞ。有難う御座いました。
杜人
2010/10/21 06:41

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