皿そば日記

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zoom RSS 山口紀行(瑠璃光寺・龍福寺)

<<   作成日時 : 2010/08/12 08:08   >>

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 北の大地に立つ弘前最勝院を訪れたとき、山口の瑠璃光寺のことが脳裏をかすめた。本州の北と西に立つ優美な五重塔、という連想からだろうか。瑠璃光寺五重塔は、絶大な権力・財力、それに名声を併せ持つ人によって建立されたが、名もなき庶民の願いと心配りによって今の地に輝き続けるという、希有の存在である。

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 車を降りると、早速五重塔が並木越しに飛び込んでくる。写真に見たあの塔だ。ここを目標にはるばるやって来た。空の雲の多さが気になるも、暑さを気にせず歩ける。香山公園に足を踏み入れる。百日紅の花が迎えてくれた。池越しに見えるその塔は、背景の山の緑に包まれて凛として立つ。軒の出が深く、檜皮葺の屋根は軒端の反りが強からず弱からず、目に心地よい。実に優美な塔だと遠目にも感歎する。目を離さず、池に沿って少しずつ角度を変えながら眺めを楽しめるのが実にいい。
 この塔は、足利義満に敗れた大内義弘の菩提を弔うため、1442年に香積寺の五重塔として建立される。その後大内氏(義隆)は陶晴賢の下克上によって滅び、さらに陶氏は毛利元就に滅ぼされる。毛利氏も関ヶ原の戦いに西軍にいたために、徳川家康によって中国十カ国の大名から、防長二カ国に減封される。しかも、拠点も遠く日本海側の萩に追いやられた。その際、毛利氏の寺となっていた山口の香積寺も萩に移されることになり、五重塔も解体されることとなった。

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 この時、信じられないことだが、庶民が奉行所に五重塔を山口に残してほしいと願い出たという。願いが聞き届けられたがために、塔は山口に瑠璃光寺五重塔として往時のままに美しい姿を見せている。移築というが、香積寺は萩城等の建材としても用いられたともいわれる。何という幸運だろう。庶民の願いがなかったならば、古文書の記録だけを私たちはもつことになっていたかもしれない。毛利氏の粋な計らいに喝采を送る人は、今や日本だけに留まるまい。
 塔に近づこうと歩を進めると、若山牧水の歌碑にあたる。“はつ夏の山のなかなるふる寺の古塔のもとに立てる旅びと”三番目の詩集“別離”にあり、若いときに故郷の宮崎へ帰る途中に詠んだという。詩集の巻頭には、以前の自分との決別を念じて上梓するとある。かりそめの恋がまだ脳裏にあったのだろうか。旅人は、何に旅をしていたのだろうか。牧水にはもう一首ある。“山静けし山のなかなる古寺の古りし塔見て胸仄に鳴る”歌集の“海の声”に収められている。防府あたりから萩往還を通ってたどり着いたのだろうか。“山”が繰り返され、“古”が重ねられて、塔の有り様を強調している。塔の前でほのかに感じた胸の鳴動とは何だろう。
 もう一つ句碑がある。司馬遼太郎の言葉で“長州はいい塔をもっている”とある。司馬は、ごっぽう降る雨の中、肩から濡れそぼって塔の下にたどり着く。塔の古式が尋常ではないために幻想の舞台にとびあがってしまったようだという。近くで見る塔は、背景の山が消えて伽藍をしたに見て青空の前にそびえ立っていた。古塔に特有の埃っぽさがなく、古さの中にあでやかさがある。句碑をもう一度みる。“もっている”という言葉が秀逸だ。“ある”のではない。人々の塔に対する想いと行動を重ね合わせて、大切にしていることを簡潔に表現していると感じ入った。

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 山口にもう一つ気になる寺がある。龍福寺だ。大内氏の館跡にあり、毛利隆元が大内義隆の菩提を弔って開基となった寺だ。重文の本堂は生憎工事中(工事の様子は、檜皮葺師の徒然日記に詳しい。http://blog.canpan.info/hiwadaya/category_7/)であった。名残惜しそうな私に、通りかかった女性が声をかけてくれた。梅の時期は本当に美しい。香りが辺り一面に満ちて、それはすばらしい。本堂も大きくて、特に屋根が流れるように美しくて立派とのことだ。工事成った梅の季節に再訪を期したい。
 参道の本堂に近いところに大内義隆の辞世の碑がある。「討つ人も討たるる人ももろともに如露亦如電応作如是観」討たれる自分も討つ陶晴賢も、斯くあることはともに虚しいということだ。毛利氏に対し数において圧倒的な優位にあったに関わらず、なぜ陶氏は厳島に渡り戦ったのだろう。対岸から見て、こんな小さなしかも平地のほとんどない厳島に大勢の兵を集めても、戦えるはずがないと私でも思うのだが。辞世は理を超えて、まるで陶氏の行く末をわかっているかのように語っている。

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 昨今、大河ドラマ“龍馬伝”が放送されていて、長州の志士の活躍がえがかれている。しかし、今回山口を訪れてみて、志士はそれ以前にもたくさんいたように思える。今に残る豊かな文化を通して、その志士たちは思いを伝えている。人をして、来し方行く末を見つめさせる契機をつくってくれる町が山口だと感じた。

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