皿そば日記

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zoom RSS 鞆紀行(広島県福山市)

  作成日時 : 2010/08/03 19:24   >>

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 日本にも河があるじゃないか、と瀬戸内海を見て昔の中国人が語ったという。笑い話である。両国のスケールの違いを言い得て妙、よくできた逸話だ。河の流れは一方通行でわかりやすいが、この日本の“河”は、流れが難しい。瀬戸内海の中央に位置する鞆(広島県福山市)は、豊後水道と紀伊水道から入ってくる海流がぶつかるところにある。ある時は鞆の浦に東西から海流が押し寄せ、またある時は流れ出ていく。そのために、鞆の浦は、万葉の時代から潮待ちの港として有名であった。

 鞆は、こうした舟人を支える町として栄えた。港湾施設はもとより、商家が建ち並び宿泊施設も充実する。消費地があれば、漁業も農業も盛んになるに違いない。財が豊かならば神社仏閣も立派になる。時の権力者の庇護も加わって、狭いながらも活気のある町だ。万葉集、足利尊氏、朝鮮通信使節、坂本龍馬等、歴史のなかの一つの舞台ともなった。

画像   訪れたのは7月の下旬、昼頃であった。抜けるような青空で陽が存分に降りそそぐ。家々は、落ちついた焦げ茶色の板材に白の漆喰が映える。よく見ると、屋根には本瓦が奢られている。豊かさの一つの現れだろう。道は狭い。狭いけれども手入れがよく行き届き、風通しにも配慮しているとみえて歩いて心地よい。半ば迷路のような小径を曲がるたびに、光と影に強調された新たな光景をみいだせる。曲がり角に期待を抱かせ、時に開けた海に浮かぶ島が目に飛び込んで現実の姿になる。音と言えば、観光客に説明するガイドの声ぐらいだ。静かな美術館で、歩きながら一枚一枚の絵を鑑賞する趣がする。

 仙酔島への渡船乗り場の近く、福善寺の石垣のたもとに歌碑があった。“吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉”とあって、万葉仮名に疎く“私の妻が・・・”くらいしかわからない。しかし、そこはしっかりと現代人向けに説明がある。
“わぎもこが見し 鞆の浦のむろの木は 常世にあれど 見し人とぞなき”
大伴旅人が妻大伴郎女を伴い太宰府に赴任したが、郎女は彼の地で亡くなってしまった。任を全うしての都へ帰りに、鞆の浦で詠んだという。美しい町も自然も、旅人の目には他と違う色を伴ってみえたことだろう。大切な人を亡くした後、故人に由来する物をみて“人”を想うことは今も変わらない。

画像 対潮楼に登る。対潮楼は福善寺の客殿だ。眼前に弁天島(百貫島)、やや遠くに仙水島を臨む風光明媚な高台にある。朝鮮通信使の李邦彦が“日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地)”と賞賛したという。坂本龍馬が海援隊の武器を積んだいろは丸が、鞆の浦沖で紀州藩の軍艦と衝突沈没された事故があった。後に龍馬が談判をした場所もここ対潮楼だ。客間に座ると鞆の浦と島々を一望でき、柱と窓枠は見事な風景画の額となる。何よりも風が心地よい。通信使や龍馬はどんな風を感じたのだろうかと想像する。心と身体を静め、礼を述べて辞しようとすると、寺の方に「本堂にお参りしましたか」と声をかけられる。寺であることを忘れてしまっていた。

 画像 常夜灯(地元では“とうろどう”と呼ぶようだ)を見る。雁木(がんぎ:船着き場にあり、海面から地面まで階段のように石を積んだ施設。潮位によらず荷作業ができる)も残っていて美しい。近くに、今はいろは丸の展示館になっている建物等が並び、往時を偲ばせる。食事をと思い、店に入る。よい街だとの問いかけに、主人は、福山市はそれほど観光には力を入れていないとのこと。昔のままだし、電柱を取り払うにも機械が入らないだろうから全て手作業になり、厖大な費用もかかる云々。それにしても福山城は惜しかった。戦災さえなければ、姫路城に並ぶ国宝だったはずと。今注目されている鞆の浦の埋め立て架橋の話はしなかったが、地に足をつけた日々の営みの中で、静かに港を見守っている人がいると感じた。

画像 鞆は静かな街だ。観光客にくどく声をかけてくる様子がない。お祖母さんが干物を売っている店を覗いた。静かにさりげなく説明してくれる。チイチイいか、たいご、でびら、ひらこ、それに焼きえび。一つ一つ試食しながら話を聞くうちに、みな買ってしまった。えびちりめんも追加だ。どれも美味い。土産物をぶらぶらさせながら歩を進めていると、中学生らしい女の子がこちらに向かってくるのが見えた。建物を眺めていたが、ふともう一度顔を向けると、“こんにちは”と挨拶をする。見知らぬ者にも、さりげなく声をかけてくる。美しいのは家並みや風景だけではないようだ。大伴旅人が常世にあると詠んだ大きなむろの木も、今はないと聞く。しかし、歌枕となったむろの木はもうなくなることがない。時の流れに形ある物はいつか変わるが、鞆の美しい言葉はいつまでも残っていてほしいと願う。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
細やかで素晴らしい表現の文と写真で
小説を読んでるような
風情のある鞆の浦の歴史をそばにいて
案内してもらってるようでした

他のものもゆっくり見させてもらいますね
みっちゃん
2010/09/18 19:43
コメントをしていただきありがとうございます。このような素敵な町を今でも訪ね歩くことができるのは幸せだなと感じました。いい町に、いい人、何度でも行きたい町です。
sarasoba12
2010/09/19 00:18

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